短文『もし現実の世界が一面雪だったら』


先日、作品『私もそろそろ帰らなきゃ。』を読んでくださった方から
短文を書いて欲しいというご依頼が舞い込んできた。

読んでくださっただけでも幸せなのに、
また他の文を読みたいと思ってくださったことが嬉しくて嬉しくて。
恐縮ながらぽのこれという個人ブログに
短文を1つ寄稿させていただいた。
せっかくなので、このブログにも載せようと思う。


これを書いたのは確か夜。
窓の外では真っ白な雪がしんしんと降り続けていた。
書く時に意識していたテーマは正直特にはない。
けど書き終わって1週間経った今、
きっと私は”忘れたくない感覚”をこの短文にしたのかなと思う。

あいかわらずな感じだけど、もし良ければご覧下さい…


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『もし現実の世界が一面雪だったら』


最後に夢を見たのは、
確か一昨日の晩だったと思う。
真っ白い雪の上をぽつぽつぽつぽつ歩く、
たったそれだけの平坦な夢。
目的地はおそらくなかった。

覚えているのは一定の運動をし続ける足の様子と、
雪のシャリシャリとした感覚だけ。
私はただ一歩一歩、まるで何かを信じるように、
白い地面に足跡を残していた。
1つひとつ、奇妙なほどに丁寧に。

私はいったい、何のために歩いていたのだろう。
いくら思い出そうとしても思い出せない。
でも、それなりに充実した時間だったような気はしている。
目覚めた後、私の心は得体の知れない暖かさに包まれていた。


夢はいつだってひとりぼっちな世界だ。
他の人はどうだか分からないが、私の夢にはセリフだってない。
景色と人物だけがころころ変わり、
当たり前のようで当たり前でないことが絶え間なく私を翻弄していく。

さっきまで友達とニコニコ笑っていたはずなのに、
気づけば誰かから逃げるように必死に走っていたり。
お母さんと料理をしていたはずなのに、
いつの間にかバス停に立っていたり。

時間も空間もぐっちゃぐちゃな中で、
私はいつだってひとりで戦ってきた。
現実より夢の方がずっと恐くてやっかいだ。
誰も助けてくれない。


でも、この間の雪の夢だけは違った。
静かで穏やかで、何もかもが真っ白で、透き通っていて、
私はひとりぼっちなのに全くひとりではなかった。
スプーン1杯の虚しさだってない。
前に進むたびに増えていく足跡が、
愛おしくて誇らしくて仕方がなかった。

体の重心を後ろから前へ。後ろから前へ。
一見単純な作業は夢の中の私の全てだった。
それ以上のことなんて何も望まない。
何もかもが満たされ、同時に私自身も何もかもを受け入れていた。
きっと私はこの時初めて「生きる」ことと向き合ったのだと思う。


所詮は夢の中の出来事。
全ての人に伝わらなくたって、理解されなくたって構わない。
夢から覚めれば周囲には多くの人がいて、
誰もが毎日助け合いながら生きている。
その事実はことばにするとひどく美しい。

でも現実だって、所詮は夢じゃない世界。
それ以上でもそれ以下でもなことは、誰もが等しく知っている。
もし現実の世界が一面雪だったら、もっと足跡が分かりやすく見えただろうに。
そんな贅沢が通じるのは夢の中だけだと思うと余計に哀しくなる。

頼りになるのは足裏にうっすらと残る雪の感覚だけ。
私は今日も、見えない目的地を探してぽつぽつと歩き続けている。






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