先日、5年間避け続けてきた父を許した。


ピンク色が綺麗に咲き誇るこの季節。
街には自然と上を向いて歩く人が増えてきた。
下を向いているより、そっちの方がずっといい。
一年中春だったら、世の中はもっと幸せで溢れるのかな
…なんて。思わずにはいられないね。

豊島、片山邸にて

先日、5年間避け続けていた父を許した。
沸点ギリギリを保っていたはずの怒りは
嘘のように消えている。
ずっと父の行動や言動が人間として許せなかったのだが、
今思えば私も同罪。
人間だからこそ表に現れていない感情があること
想像できていなかった。
小さい頃父が大好きだった故に、
父に完璧さを求めすぎていたのだと思う。


頑張ってる人に「無理しないで」と言うことは、
その人の限界を勝手に決めることとイコールだ。
好きな音楽を聴いて街を歩くことは、
世界との接点を塞ぐこととイコールだ。
「大丈夫だから」と笑顔を作るのは、
心配してくれている人に無力感を与えることとイコールだ。


良かれと思ったことでも、
時に誰かを傷つけたり、自分の可能性を閉じてしまう。
長所と短所が紙一重なのと同じように、
世の中の全ては両極端な側面を持っているのかもしれない。
だいたいのすれ違いは表だけを見ているから起きてしまう。
努力すれば裏だって想像できるはずなのに。
難しいと思ってしまうのは、
自分に余裕がないからなんだろうか。

せめて自分が大好きな人たちに対しては、
丁寧にことばを紡いでいきたい。

インターン先の一幕

4月から4年生になる。
もう3回も春夏秋冬が過ぎたのかと思うと感慨深い。
去年の私は「何がどう変わったとしても」というブログを書いていて、
読み返したら希望と意欲に溢れていて驚いた。
”もう意味が分からないぐらい視界がスッキリしてる。”
こう書いた時の私は今でも嘘になってない。
数々の選択を経てより視界は冴え渡り、
同時に感情がストレートになった。
心から笑うことが増え、親しい人にはよく怒る。
作り笑いばかりしていた自分はもういない。

いろんなことが少しずつ変化して、
気づけば当たり前になっている。
来年の春、自分がどんなことばを紡ぐのか、
とても楽しみだ。


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